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後生畏るべし

後生こうせいおそるべし

人はとてつもない可能性を秘めている。

後生可畏也   (子罕第九23)

【対話】

A (そうありたいが、) 実際のところ、 可能性は周囲や時代の環境や条件によって左右されてしまう。

B (いや、) そんな内向き志向ではいけない。 「荘子そうじ」 の逍遥遊しょうようゆう編には、 「巨大な魚が姿を変えほうという鳥になって、 それが一たび満身の力で南の空を目指せば、 翼は大空を覆うほどになる」 との話がある (『図南となん鵬翼ほうよく』)。 このくらいの気宇壮大さを持ってほしい。

【エピソード】

村の人たちの声望を集めてギムナジウムに入学したハンスだったが、 やがて自分の心を圧するような周囲の雰囲気に馴染めず、 退学して村に帰ってきた。 そして職につく。 職場では、 人間も歯車もベルトもいっしょになってはたらいている。 やがて彼はそこに労働の賛歌を感じるようになった。
「車輪の下」  ヘルマン・ヘッセ 1905年
「後生畏るべし」 とは、 必ずしも出世したり、 著名人になったりする可能性のことをいっているのではないと思う。 自分が生かされている社会に素直に感動する心を持ち合わせているかどうかという、 人間精神の素晴らしさを言っているのではないだろうか。 青春の胸のうずきを想起させる。

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徳を以て徳に報ゆ

とくもっとくむく

他人のまじめさには自分もまじめに応こたえなければならない。

以徳報徳   (憲問第十四 36)

【対話】

A この言葉の前に、 「直きを以て怨みに報い」 という言葉がある。 では、 「怨み」 とは言わずとも 「不徳」 をおぼえる相手に対してはどうすればよいか?

B (そんな議論をしていてはいけない。) 論語はハウツー本ではない。 一つひとつに親切な答えを用意してくれていない。 周辺諸国どうしが戦っている厳しい時代に、 自国も生き延び、 隣国も生き延びるための基本政策は仁愛だと説いている。 徳は相手を無条件に赦すことではなく、公平無私や正義を目指す姿勢である (荻生徂徠おぎゅうそらい経世済民けいせいさいみんの思想は、 この考えを発展させたもの)。

【エピソード】

他人の陰謀で投獄され、 やがて脱獄したエドモン・ダンテス (モンテ・クリスト伯) は、 陰謀者たちにつぎつぎと復讐を実行していく。 しかし、 最後の相手は、 今も愛するかつての婚約者の夫である。 復讐すべきかとどまるべきか。 彼は、 元の婚約者に自分の秘密をうちあけるとともに、 精神的な高みへ歩むこと決意する。 そして自分に言い聞かせる―待て、 そして希望を持て!―
「モンテ・クリスト伯」 アレクサンドル・デュマ・ペール 1844年

 

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徳ある者必ず言あり

とくある者必ずげんあり

まじめな人には、 信じられる言葉がある。

有徳者必有言   (憲問第十四 5)

【対話】

A (それはそうだが、) その人に徳があるかどうかは、 どうやって見分けるのか?

B (そんな頼りないことを言うな。) それこそ、 自分で見分けるしかない。 五感をするどく研ぎすまし、 ローマの政治家セネカが言うように、 その人の言動が、 過去の英知を味方につけているか、 闇にかくれたものに光を与えているかという点に思いをいたしてみればよい。

【エピソード】

日本留学から帰国し、 やがて北京に住まうようになった魯迅ろじんは、 安定した生活をするようになった。 ―――民国六年 (1917) の冬、 北京の街角で車をひろった魯迅は、 途中貧しい老婆が車の前に倒れこむのに出くわした。 車夫は老婆をいたわりながら様子を見た。 魯迅の目にはそれは出鱈目と思えた。 老婆は怪我をしたと言う。 魯迅はそんなことをうっちゃって車を進めるよう車夫に言うが、 車夫は従わず派出所に向かった。 魯迅には、 その車夫の背中が段々と大きくなっていくように見える。 それとともに、 魯迅は自分の卑小さを認識する。 巡査が来て、 あの車夫はもう引けなくなったと告げたとき、 魯迅はとっさに銅貨を巡査に渡し、 「これを車夫に…」と言ったが、 やがて自分で自分の行為の意味が分からなくなった。 魯迅はのちのちまでこれを述懐した。 「この小さな出来事だけが、 いつも眼底を去りやらず、 時には以前にもまして鮮明にあらわれ、 私に恥を教え、 私に奮起をうながし、 しかも勇気と希望を与えてくれるのである」 と。
「小さな出来事」  魯迅 1920年 (竹内好訳・岩波文庫)
自分と向き合うことを信条とする作家は、 恥を恥として一層自分を高めていこうと努力する。

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剛毅木訥仁に近し

剛毅ごうき木訥ぼくとつじんちか

ぶれることなくもくもくと生きる者こそ大したものだ。

剛毅木訥近仁   (子路第十三 27)

【対話】

A (それで本人は満足かもしれないが、) 現代はチームプレーで行なうものが多い。 アクションだけがよくて、 一方、 寡黙で自分の考えをはっきり言わない人といっしょに仕事をするのでは困ることが起きるかもしれない。

B (いや、) 事を起こそうとするときの所作や会話といった表面的な姿勢をいっているのではなく、 むしろ内面的は取組み方のことをいっている。 すなわち、 アクションを起こす前に冷静果断に判断をしたり、 ひとたび決まった方針には迷わず着実に取組んでいったり、 が大事だ。 事にのぞんでじたばたするな、 得意澹然たんぜん、 失意泰然たいぜんと構えよ※ということだろう。
※勝海舟による崔後渠 (明) の 「六然」 からの引用

【エピソード】

(1) あしながおじさんは何も言わない、 姿を見せない。 一方、 ジュディはそのおじさんとの約束どおり、 黙々と手紙を書く。 そして書くうちに脳裏におじさん像を作り上げ、 そしてなおも書く。 はつらつとしたジュディの心の成長が好印象。 何も言わないおじさんの暖かさが光る。
米 ジーン・ウェブスター  1912年
(2) 豊後日田で私塾咸宜園かんぎえんを開いていた広瀬淡窓ひろせたんそうの詩にはこうある。
桂林荘けいりんそう雑詠 諸生に示す
うをめよ、 他郷たきょう辛苦しんく多しと
同袍どうほう友あり おのずから相い親しむ
柴扉さいひあかつきに出づれば、 霜、 雪のごとし
君は川流せんりゅうめ 我はたきぎを拾わん

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何の常師か之あらん

なん常師じょうしこれあらん

いろいろな先生について学べ。

何常師之有   (子張第十九 22)

【対話】

A (そのとおり。) 武者修行は必要だし、 失敗や批判を恐れていては修行はできない。 大切なのは、 その師を乗り越えるための方法や、 また乗り越えることができた、 あるいはできなかったときに、 それはなぜかを考えることだ。

B (同感だ。) さらにいえば、 技術的に乗り越えたかどうかだけでなく、 師の人格や胸の奥にある人生観の領域についてまでも、 学び取ろうとする姿勢が必要だ。 彫刻家高村光太郎は、 ロダンの踵に接したのは刹那せつなのようだったが、 そのときにオーラを感じ取り、 ロダンを師と仰いだ、 という例もある。

【エピソード】

インドの話―――善財ぜんざい童子どうじは、 裕福な家庭の青年だったが、 いつも遊んでばかり。 ある日、 文殊菩薩もんじゅぼさつから旅に出るようすすめられ、 方々の人々五十三人から話を聞き、 そこから学びを得た。 最後に慈悲をつかさどる普賢菩薩ふげんぼさつの導きで修行をおえることができたという。 ひとりの先生ではなく、 多くの先生について学ぶことが大事だ(旧東海道の宿場数五十三はこの話に因む)。
華厳経 入法界品 (善財童子の巻)

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朽木は彫るべからず

朽木くちきるべからず

だめな木では彫刻はできない。

朽木不可彫也   (公冶長第五10)

【対話】

A (そんなことはない。) どんな悪い材料でも、 何かに使うことはできる。 その方法を考えることが指導者の務めだ。
斉の孟嘗君もうしょうくんのもとにいた三千人の食客のうちの一人に、 鶏の鳴きまねの上手なのがいて、 その芸により、 孟嘗君は、 秦の昭襄しょうじょう王から逃れ、函谷関かんこくかんの危機を脱することができたではないか。

B (一理はある。) しかし、 そんな幸運はいつも起きるとは限らない。 大切なのは、 そうならないように、 指導者として人材を見抜く力をもっておくことだ。

【エピソード】

繁栄がいつまでも続くかのように思いこみ、パンとサーカス に明けくれていたローマ社会は、 改革をしようにも手遅れの状態となった。 衰亡のきっかけとなったのは、 食料も兵員も属州に依存して当たり前と考えるようになったこと。 キリスト教徒がだんだんと増え宗教観も多様化した。 そこへゲルマンの異民族が侵入し、 皇帝もひんぱんに替わった。 人は責任意識を失い、 ローマ社会が根底からゆらぎだした。
材木が腐ってしまっていたり、 その質が悪かったりすれば、 手先の技術がすぐれていてもどうしようもない。

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