上級 第12回(2)

●エピソード2

倉敷紡績の経営者、大原孫三郎は、東京専門学校時代に放蕩三昧をしたが、その後石井十次(日本最初の孤児院の設立者)を知り、社会福祉の意義を感じ取った。孤児院を作ったり、社内の職工のために家政技芸塾を作ったり、労働者の暮らしを向上させるために、病院や労働問題研究所を作った。また、文化の向上も必要との考えから、1930年に大原美術館を開館した。

 

●問題2-A

大原孫三郎の行なう社会事業には周囲に反対する者が出てくるが、
そういう人に彼が言った言葉は何でしょう?

(1)「器の小さい人間じゃのう」
(2)「ええ事して何が悪い」
(3)「わしの目には十年先が見える」
(4)「お上がやってくれるんか」

 

●問題2-B

大原美術館の絵の収集を担当した児島虎次郎の本業はなに?

(1)画商
(2)画家
(3)会社員
(4)農業

●問題2-A  (3)「わしの目には十年先が見える」

 

●問題2-B  (2)画家

児島虎二郎はもともと洋画家で、大原美術館が名作絵画を収集するにあたっては、やはり絵画それ自体の意義や背景について、一応の知識があった。大原孫三郎は、彼の目利きに全幅の信頼をおいた。

カテゴリ:論語クイズ

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