中庸の徳たるやそれ至れるかな

中庸ちゅうようとくたるや それいたれるかな

つりあいのとれた考え方が大切だ。

中庸之為徳也、 其至矣乎 (雍也第六 29)

【対話】

A 皆の意見の中間を取れば、 つりあいの取れた考え方となるのでは?

B (まったく違う!)中庸の“中”とは“的中”の“中”である。 人の意見の中間という、 無責任で安直な結論であってはならない。 それで丸く収まるかどうかではなく、 つねに最適解を目指す覚悟で判断しろということだ。
ギリシャ・テーバイの王位争いで殺害された兄をいたむアンティゴネーに対し、 その政敵の叔父おじは、 反逆者に適用される法の趣旨から、 その埋葬を禁止する。 が、 元王女として法を守る立場と、 人の道を守ろうとする立場の中で、 彼女はあえて埋葬を行なう。 あれかこれかの二者択一しかない場合、 中庸とは、 実にむずかしい判断だ。

【エピソード】

中庸ちゅうようを説く東洋の知恵に似かよった言葉を、 旧約聖書の中でソロモンが語っている。
善人すぎるな、 賢すぎるな。 どうして滅びてよかろう。
悪事をすごすな、 愚かすぎるな。 どうして時も来ないのに死んでよかろう。
(旧約聖書 コレヘト (伝道者) の言葉)
つりあいのとれた考え方をしていれば、 大きな踏みはずしはないだろう。

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仁者は難きを先にして獲るを後にす

仁者じんしゃかたきをさきにして るをあとにす

むずかしい問題もんだいをあとまわしにしてはいけない。

仁者先難而後獲 (雍也第六 22)

【対話】

A 仁者として、 将来の結果を予想する能力を持てということか?

B (いや、 それだけではない。) 将来予測の必要だけでなく、 そのために今必要な覚悟は何かを明示し、 それへの備えを整える能力でなければならない。
将来の日本の社会構造の問題は喫緊の問題だ。 現状を前提とする限り、 必要予算は膨張し続け、 一方生産年齢人口は、 2025年には、 今より約一千万人減少する見込みがある。

【エピソード】

音楽家志望のジャンは、 困窮のうちにも理想の音楽を求めてパリに出た。 が、 そこで芸術の虚飾、 社会の欺瞞を感じた。 ジャンは戦争の近づく殺伐とした社会で懸命に、 孤独にまけず理想のために生き抜く。 結果を残すのも“難き”だが、 魂のとおり生き続けるのもそれ以上の 難き こと。 やがて自作の交響曲は評価をとった。
“戦い続け”るジャンは、 老いて郷里ライン川のほとりを歩きながら、 自分の生きた痕跡こんせきを確かめていた。 自作の交響曲が自分の意図とはちがう指揮で演奏されているのを聴いても、 それを素直に受け容れる。 そして懐古かいこしながら静かに死を迎える。 ベートーベンをモデルにしたこの作品に、 常に“難き”ことに挑戦する人間の強い精神力を見る。
「ジャン・クリストフ」  ロマン・ロラン  1912年

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敏にして学を好み下問を恥じず

びんにしてがくこのみ 下問かもんじず

正しいか正しくないかについては、 恥の感情をこえて、 下の者にもきいてみるとよい。

敏而好学、 不恥下問 (公冶長第五 15)

【対話】

A 大目標のためには、 面子めんつにこだわっていてはいけない。 衆知を集め、 その中でもさらにきらめくものを見つけて、 自分のうちに取り込め。

B (確かに。) 池田首相は日本経済が戦後の混乱・低迷期から脱し、 貧困解消・格差縮小へ移行する必要を痛感していた。 昭和35年、 折しもエコノミスト下村治の考えていた 「所得倍増計画」 を採用。 それをもとに、 日本経済は高度成長路線へ大きく舵をきることになった。 大胆な発想と綿密で冷静な分析に裏打ちされたビジョンは、 いつの時代も求められる。

【エピソード】

延暦二十三年 (804)、 いっしょに遣唐使として唐にわたった最澄と空海だったが、 天台宗の修行を終えて帰国の船を待つだけになっていた最澄は、 ふとしたことがきっかけで、 当時さかんになりかかっていた密教にふれた。  そして、 帰国してから、 密教の奥義を究めようと、 このことについて充分な修行をつんで帰国してきた七歳年下の空海に弟子入りをした。

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徳は孤ならず必ず鄰あり

とくひとりならず かならとなりあり

まじめにしていれば、 かならず友人ゆうじん味方みかたがあらわれる。

徳不孤、 必有鄰 (鄰=隣) (里仁第四 25)

【対話】

A この句ほど勇気づけられるものはほかにない。

B (確かに。) 今の日本の閉塞した心理は、 強者が弱者を軽んじ、 弱者が最弱者を追いたて、 最弱者は徳を捨て我利がり汲々きゅうきゅうとしている。 弱い人間を励ます意味で言うが、 弱者であっても徳の心を持っていれば、 必ず味方が現われる。 勝海舟かつかいしゅうの父、 勝小吉かつこきちは、 貧乏旗本で手につけられないほどの喧嘩けんか好き。 破天荒はてんこうこの上無しながら、 弱い者をいじめる者は、 相手が役人であろうと子ども同士であろうと絶対に許さなかったという (隠居後の 「夢酔独言むすいどくげん」)。 こんな味方が現われるわけではないが、 これに近い味方 (真のサムライ) は、 絶対、 君の隣にいる。

【エピソード】

蜀の劉備りゅうびは、 人格が立派で頭脳明晰な学者として知られていた諸葛孔明しょかつこうめいを軍師として招くために、 草深い田舎に住んでいる彼の家を三度も訪れた。
まことに、 徳をそなえた立派な人物には、 彼を理解する人は必ずあらわれる。
一方、 孔明も、 劉備から受けた礼に対し、 敬意をわすれない。 ―――ひとたび理解者を得た孔明は、 そのおんむくいるために、 全知全能を働かせて劉備のために漢の再興さいこうに乗り出す。 そして、 孔明の求めた天下三分の計はついに成る。

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吾が道は一以てこれを貫く

が道は いつもってこれをつらぬ

私(孔子)は、善く生きようとする姿勢を、 深くひそやかに強靭きょうじんつらぬいてきた。

吾道一以貫之哉   (里仁第四 15)

【対話】

A ことを成すにあたり気持ちを集中させよう。

B (しかし、 それだけでない。) 現在では個々のものを一つとして考えることの大切さをこの句から知る。 明治新国家の船出と時期を同じくして岡倉天心おかくらてんしんは芸術、 文化を取り込んだ大アジア主義を唱えた。 なんとも度量が大きい。 「アジアは一つなり。 ヒマラヤ山系は、 孔子の社会思想を有する支那文明と吠陀シッダールタの個人思想を有する印度文明との二大文明を分つてゐるが、 —-広大無辺の愛好をば、 瞬時たりとも妨げることはできないのである」 (「東方の理想」 (明治38年)」 と説く。 「一つ」 と表現する時の壮大さ、 永劫さに、 溢れるような信念の強さを感じる。

【エピソード】

江戸中期の、 大坂の 知の巨人 木村蒹葭堂きむらけんかどうは、 本草学 (今日の博物学) への造詣ぞうけいが深く、 知識はとてつもなく広かった。 交友も一級の文化人ぞろい。
一方、 大坂商人パワーを削ろうとする幕府は、 本業 (酒造業) について法令違反を指摘し、 彼を大坂から追放した。 しかし、 彼はやがて大坂にもどり、 今度は文房具商を営みながら、 前にもまして、 本草学、 物産学への傾倒を続け、 文人との交流を続けた。
商人でありながら、 独立自由、 不屈の精神で、 実学の発展につくす姿勢は、 おどろくほどの執念だった。 一つに集中して道をつらぬく人は多いが、 二枚腰、 三枚腰のしなやかさとたくましさで、 幕府 (老中、 松平定信) をうまく打ちやった人物は、 ほかにいない。

 

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利によりて行えば怨み多し

によりておこなえば うらみ多し

利益りえきのことばかりを気にしていると、 怨みを買うことが多い。

(放) 於利而行、 多怨 (里仁第四 12)

【対話】

A 個人の問題としてだけではなく、 社会や国家や国際関係の中でも、 これを当てはめて考えるべきだろう。

B (そうだ、) イギリスは常に利己主義に立って我々 (米国) の利益を抑えようとしている。 —こんな間接統治のもとでは、 われわれは本当にひどい状態に陥ることだろう、 と米の思想家トーマス・ペインは 「コモンセンス」 (1776年) で主張する。 別段、 アメリカ革命の例を出さずとも、 この句の警意は日常茶飯事にちじょうさはんじでも当てはまる。

【エピソード】

ベニスの商人アントーニオは、 友人パサーニオが、 ポーシャとの結婚資金を用立てるために、 シャイロックからお金を借りたが、 返せなくなった。 証文では、 自分の体の肉1ポンドを切り取られる運命にあったが、 ポーシャが有名な 「肉は良いが血は一滴たりとも出してはならぬ」 の論理を持ち出して、 シャイロックに元利金を放棄させる。 シャイロックはほうほうのていで法廷をあとにする。
「ベニスの商人」 シェークスピア 1597年頃

 

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